大会公式番組「100万人のひなたのチカラ」
第4弾 出演者インタビュー特集
フェンシング
ピストという競技台の上で相手の有効面を剣で攻撃し、ポイントで勝敗を競う。「突く技」のみ有効となる「フルーレ」「エペ」と「斬る技」も有効となる「サーブル」の3種類がある。
1996年にアトランタ五輪に出場した経験が原点です。世界を体感した際、日本のフェンシングの課題を痛感し、「この経験を高校での普及と強化に活かしたい」と決意して教員になりました。
生徒一人ひとりの背景が異なる中で、3年という限られた時間で全国レベルへ引き上げる難しさがあります。壁にぶつかり涙を流した選手が、翌日に笑顔で練習に来てくれる瞬間など、競技を通じて人間的に成長する姿を見守ることが一番の喜びです。
駆け引きで仕掛けた読みが的中し、得点した瞬間です。個人戦はもちろんですが、チーム全員で一体となって勝ちに行く団体戦では、その喜びは何倍にも膨らみます。
目指すのは「成功」ではなく「日本一」です。勝つために厳しい練習に挑む一方で、大会後も宮崎にフェンシングが根付くよう、強化と普及を同時に進めて伝統を築いていきたいです。
高校では個人競技に挑戦したいと考えていた時、フェンシング部の素早い動きを目の当たりにして「今まで見たことがない!」と感動したのがきっかけです。
独特の細かい動きに体がなかなかついていかず苦戦しましたが、先生や仲間との練習を通じて技術が磨かれるうちに、どんどん楽しくなりました。
一番近くで悩みを聞き、サポートしてくれる家族です。毎日の家族の支えに心から感謝しています。
得点シーンだけでなく、その前の「駆け引き」です。選手がどんな意図で、どう間合い(距離感)を管理して仕掛けているかという法則性に注目すると、より奥深さが伝わるはずです。
小学校の頃に兄が宮崎南高校でフェンシングをやっていて、その九州大会を見に行き、「かっこいい!」と思ったのがきっかけです。左手を骨折して以来あまり動かせなくなっていたのですが、「右手だけで戦える競技なら自分にもできる」と思ってフェンシングを始めました。
体力や瞬発力だけでなく、頭を使う「頭脳戦」であるところです。自分が描いたプレーを基本にしつつ、相手に合わせて柔軟に戦術を変えていく駆け引きが魅力です。
毎日欠かさず1分間「コールドシャワー」を浴びています。「寒くても続けられた」という日々の積み重ねが、試合中の孤独や緊張に打ち勝つ自信に繋がっています。
体力テストの反復横跳びで、無意識にフェンシングの構えになってしまいます。傘を持っても、剣みたいに手が勝手に動いちゃいますね。